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神戸地方裁判所尼崎支部 平成10年(ワ)642号 判決

原告 中村計夫

被告 国

代理人 宮武康 杉田善紀 岡野計明 久井亮仁 ほか8名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、一八七万〇四四六円及びこれに対する平成七年一〇月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、一八七万〇四四六円及びこれに対する平成八年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、不動産競売手続により別紙物件目録〈略〉一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。また、本件建物及び本件土地を併せて「本件土地建物」という。)を買い受けた原告が、本件建物は阪神・淡路大震災(以下「震災」ともいう。)で損壊したため取り壊した建物に代わるものとして取得したものであるから、原告は阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(平成七年法律第四八号による改正後のもの。以下「特例法」という。)三七条一項により登録免許税納付義務の免除を受ける要件を具備していたにもかかわらず、右競売手続を担当した裁判所の職員らの過誤によりその旨を知らされずに本件建物の登録免許税を誤って納付したと主張して、被告に対し、主位的に国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を、予備的に民法七〇三、七〇四条に基づく不当利得返還をそれぞれ求める事案である。

二  前提事実(証拠により認定した事実はその末尾に証拠を掲記した。)

1  原告が登録免許税を納付した経緯等

(一) 原告は、昭和三一年より兵庫県西宮市甲子園町に土地及び建物を所有し(以下、それぞれ「旧土地」、「旧建物」という。)、以来旧建物に居住していたが、平成七年一月一七日、震災に遭い、同年三月二〇日、西宮市長より旧建物の被害状況を半壊と認定され、その旨の証明書の交付を受けた(〈証拠略〉)。

(二) 原告は、神戸地方裁判所尼崎支部平成六年(ケ)第二五一号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、同年八月一〇日までに本件土地建物の買受けの申出をし、同月二四日、売却許可決定を受け(買受価格 九五一〇万円)、同年一〇月一一日、既払保証金を除いた残代金等のほか本件土地建物の所有権移転登記手続に要する登録免許税四一六万八二〇〇円を当庁に納付し、同月一三日、同登録免許税が当庁を通じて神戸地方法務局東神戸出張所(以下「本件法務局」という。)に納付された上、原告は、本件土地建物の各所有権移転登記を受けた。

右納付済み登録免許税には本件土地分も含まれているところ、これを除いた本件建物分の登録免許税は、一八七万〇四〇〇円となる(〈証拠略〉)。

(三) 旧建物は、右と前後して、同月九日に有限会社大和産業開発により取り壊され、また、旧土地は、有限会社サクラホーム(以下「サクラホーム」という。)により、平成八年二月九日、四筆に分筆され、分譲住宅が建設されて販売された(〈証拠略〉)。

(四) 原告は、同月、芦屋税務署において特例法に関するパンフレットを見つけて同法による登録免許税の免税措置の存在を知り、西宮税務署等に、本件建物分として納付した登録免許税の返還の相談等に訪れたが、いずれにおいても返還に否定的な見解を示された(〈証拠略〉)。

また、原告は、同年三月八日、旧建物についての西宮市長の証明に係る特例法に関する被災証明書を得た(〈証拠略〉)。

(五) 原告は、同年九月三日、本件法務局の登記官に対し、登録免許税法三一条二項に基づき税務署長への還付通知をすることを求めたが、同登記官は、同月一〇日、原告に対し、過誤納付の事実は認められず、税務署長への還付の通知はできない旨の内容の通知(以下「本件通知」という。)を行った。

2  登録免許税について

(一) 登録免許税は、登記の時に納税義務が成立し(国税通則法一五条二項四号)、その成立と同時に、特例の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税で(同条三項六号)、いわゆる自動確定の租税である。

(二) 登記機関は、登記等をする時は当該登記等につき課されるべき登録免許税の額の納付の事実を確認しなければならず(登録免許税法二五条)、納付された税額が自ら認定した課税標準の金額等に比べて不足しているときは、当該課税標準の金額等を納税者に通知し、この通知を受けた納税者は、当該通知を受けた登録免許税の額と自己の納付額との差額を納付しなければならない(同法二六条一、二項)。

逆に、過大に登録免許税が納付されている場合には、登記機関は当該過大な税額を納税者の所轄税務署長に通知しなければならず(登録免許税法三一条一項)、この通知を受けた税務署長は、遅滞なく過誤納金を還付しなければならない(国税通則法五六条一項)。また、納税者が、納付した税額が過大であることを自ら知った場合には、登記等を受けた日から一年を経過する日までに、その旨を登記機関に申し出て右所轄税務署長への通知をすべき旨の請求をすることができる(登録免許税法三一条二項)。

(三) 登記実務においては、登録免許税の納付者による登録免許税法三一条二項に基づく請求に対し、過誤納付に該当せず、税務署長への通知を要しないと認めるときは、その旨を請求者に通知する取扱いがされているが、右通知の様式中には、国税通則法七五条一項五号の規定による審査請求ができる旨の教示がなされており(〈証拠略〉)、当該通知に処分性があることが前提とされている。

3  特例法の要件について

(一) 特例法三七条一項は、「阪神・淡路大震災の被災者であって政令で定めるもの…が阪神・淡路大震災により…損壊したため取り壊した建物に代わるものとして…取得をした建物で政令で定めるものの所有権の…移転の登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成十二年三月三十一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定し(なお、対象者等につき本件と関係がない箇所の一部を省略した(以下についても同様である。)。)、右期間に限って、震災の被災者が一定の建物所有権移転登記を受ける際の登録免許税の免税措置を定めている。

(二) 右規定を受けて、阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令(以下「施行令」という。)二九条一項は、「法第三十七条第一項に規定する政令で定める被災者は、阪神・淡路大震災によりその所有する建物に被害を受けた者であることにつき、当該建物の所在地の市町村長から証明を受けた者とする。」と規定し、また、同条三項は、「法第三十七条第一項に規定する政令で定める建物は、次の各号のいずれかに該当する建物に限る。ただし、阪神・淡路大震災に際し災害救助法(昭和二十二年法律第百十八号)が適用された市町村の区域内に所在する建物については、この限りでない。」と規定して一号及び二号を掲げるが、本件建物は兵庫県芦屋市に所在するため、災害救助法が適用された市町村の区域内に所在する建物として、一号又は二号による対象建物としての限定はない。

そして、阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)二〇条一項は、「法第三十七条第一項の規定の適用を受けようとする者は、その登記の申請書に、令第二十九条第一項…の市町村長の証明に係る書類で阪神・淡路大震災によりその所有していた建物に被害を受けた者の氏名…及び住所…並びに当該建物の所在地の記載があるもの…を添付しなければならない。」と規定し(以下、右書類を「建物被災証明書」という。)、登録免許税の免税措置を受けようとする者に対し、登記申請時に建物被災証明書を提出することを要求している。

三  前提事実から言えること

以上のとおり、本件に即した場合、特例法による免税措置を受けるための実体的要件は、〈1〉 阪神・淡路大震災の被災者で建物被災証明書の交付を受けた者が、〈2〉 当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして取得をした建物について、〈3〉 平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に所有権の移転の登記の申請をしたことであるが、原告は、前提事実1(一)のとおり、自身が震災の被災者であって旧建物は半壊した旨の証明書の交付を受けるとともに、同(四)のとおり、登録免許税納付の後ではあるが、旧建物についての建物被災証明書の交付を受けていることからして、少なくとも実質的に見て右〈1〉の要件を満たすといってよく、また、右〈3〉の要件を満たすことについても、特に問題がない。

本件の場合に原告が右免税措置を受け得るか否かに関して問題となるのは、右〈2〉の要件につき、旧建物が震災により損壊したため取り壊し、これに代わるものとして本件建物を取得したと言えるかという点と、施行規則二〇条一項が登記申請書に建物被災証明書を添付することを要求していることが免税措置の適用要件となるのか(登記申請書に建物被災証明書を添付しなかった場合には、後日、納付した登録免許税の返還を受けられないのか。)という点である。

四  争点

1  本件競売事件の担当職員の過失(国家賠償法一条一項)の有無

(原告の主張)

裁判所の競売手続担当の裁判官、書記官及びその他の関係職員らは、特例法の定める期間内に、競売手続を通じて登録免許税の免税措置の適用対象となる可能性のある建物を購入しようとする者がいる場合、その購入が被災した所有建物に代わるものとして取得するものであるか否かを確認し、特例法により登録免許税の納付が免除される場合があることを周知徹底すべき注意義務を負う。

右職員等に右義務の存することは、神戸地方裁判所尼崎支部が震災の被災地に所在していることからも明らかである。また、右職員等のうち裁判所書記官に右義務の存することは、民事執行法八二条が裁判所書記官に権利移転登記の嘱託義務を課し、その際に必要とされる登録免許税を買受人の負担と定める一方、不動産登記法四九条九号が登録免許税の不納付を登記官による登記申請の必要的却下理由と定めていることから、実務上、買受人が登録免許税額を納付する際には、裁判所書記官が登録免許税額等を記入して「売却代金・登録免許税等納付書」を作成し、これを買受人に交付する取り扱いがなされていることからも肯定される。このような場合、既に裁判所書記官と買受人とは、裁判所書記官が職務執行上買受人の財産権を侵害しうべき関係にあり、かつ、裁判所書記官は買受人の所有権移転登記手続の代理人としての役割を持つから、右裁判所書記官には、買受人である原告の住所が被災地であることを確認し、原告の被災の有無、落札した建物を購入する動機、被災証明の有無を直接確認し、特例法による免税措置の存在を周知徹底して、原告の財産権を侵害しないようにすべき注意義務があったのである。

ところが、右尼崎支部の競売係の裁判官、書記官及びその他の担当職員らは、原告に対し特例法により登録免許税の納付が免除される場合があることを知らせず、また、裁判所書記官は、原告が震災の被災者に該当しないものと軽信して、漫然と本件建物を含めた登録免許税が計算された納付書を原告に交付して同書に記載された金額を納付するように指示したもので、右職員らには右のような注意義務違反がある。

被告は、裁判所の職員らには、法令による個別具体的な法的義務違反はない旨主張するが、国家賠償法上の違法性は、法令の規定違反の場合にのみ肯定されるものでない。裁判所書記官が売却代金・登録免許税等納付書を作成して原告に交付する行為が、民事執行法及び不動産登記法に基づく裁判所書記官の責務であることは疑いのないところ、その際に登録免許税の免除事由に関する法律の存在の失念や未確認等に原因して過大請求をすることは、条理や社会通念等に照らせば、客観的に正当性を欠くことは明らかであり、したがってこの場合、裁判所書記官には、その職務執行に際し、登録免許税についての特例法の存在を告知する等して、その過誤納付を回避させるよう配慮すべき個別具体的な注意義務があることは明らかである。

(被告の主張)

国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を与えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであり、公権力の行使に当たる公務員の行為が国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるためには、当該公務員が損害賠償を求めている国民に対して個別具体的な職務上の義務を負担し、かつ、当該行為が右職務上の法的義務に違反してなされた場合でなければならない。そして、法律による行政の原理からして、右違法性判断の基準となる公務員の法的義務は、原則として法令の規定に基づかなければならないと言うべきである。

本件において原告が主張するような注意義務については、民事執行法や民事執行規則等の法令中に、その根拠となるような規定が存在せず、さらに、特例法三七条一項の免税措置は、同法の趣旨・目的から、例外的に登録免許税を免除しようとするものであり、いわば通常一般の納税者との公平を犠牲にした例外的な優遇制度であると言ってよいこと等も併せ考えると、そのような注意義務は国家賠償法上の違法性判断の基準となる公務員の法的義務たり得ないと言うべきであるから、原告主張の注意義務を前提として国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を求めることはできない。

2  不当利得の成否

(原告の主張)

(一) 本件で不当利得返還を求めるについては、その前提として本件通知の取消訴訟を提起する必要はない。すなわち、本件通知が行政処分であるとしても、本件通知に排他性を認める余地はない。

仮に本件通知の公定力を認めるとしても、不当利得の法理は正義公平の原則をその存立基盤とするものであり、この原則は私人間だけでなく国家と国民との間でも妥当する普遍的な原理であるから、不当利得返還請求を妨げられることはないと言うべきである。登録免許税法三一条の定める手続は、紛争解決の一類型を定めたものにすぎない。

(二)(1) そして、原告には特例法三七条一項の実体的要件が備わっていた以上、本件建物分の登録免許税を被告が取得できる法的根拠はない。

確かに原告は、登記申請時に特例法三七条一項を受けた施行規則二〇条一項が要求している建物被災証明書を提出していないが、特例法三七条一項の立法趣旨は被災者の自助努力への援助であるところ、施行規則二〇条一項が建物被災証明書の提出を求めている理由は、短期間に大量処理が必要とされる行政事務手続を画一的・効率的に行わせるための施策としてのものにすぎないのであるから、実体的要件さえ満たせば、同項がその者を救済の対象としていることは明らかである。また、右実体的要件を満たしていながら、建物被災証明書の添付の有無という形式的なことで登録免許税免除が左右されるという不平等な取扱いは、憲法一四条の容認するところではない。

特例法に関する知識の乏しい被災者が一生に一回あるかないかの被災家屋の建替え等による登記申請時に建物被災証明書を添付しない限り、登録免許税の免除が受けられないとする取扱いは、極めて酷かつ不合理である。

被告は、登録免許税の納付税額が自動的に確定することをも、建物被災証明書の登記申請時の添付が絶対的な免税要件であることの根拠であると主張するが、該仕組みは課税事務の簡略化と迅速処理の要請に基づくもので、あくまで便宜上のものにすぎない。また、特例法、施行令及び施行規則の中に、確定した登録免許税を免除し、あるいは宥恕する取扱いを認めた規定がないとも主張するが、過誤納付等の還付を必要とする事例は、およそすべての納税手続において常に生じ得ることであるから、国税通則法等の税に関する総則的事項を定めた法律に還付等に関する一般規定があれば十分であり、実際、国税通則法にはそのような規定が存在する以上、その適用ないし類推適用をすれば足りることである。

(2) 次に実体的要件についてであるが、確かに原告は、娘婿所有の本件土地建物の競落代金捻出のために旧建物の処分と旧土地の売却をしたが、本件建物の取得には損壊して取り壊した旧建物に代わる新住居の取得という目的が含まれていた以上、特例法の実体的要件を満たしていることは明らかである(旧建物の取り壊しについては、原告がサクラホームに委託したものである以上、原告自身による取り壊しと評価できる。)。

さらに、旧建物は、基礎の不同沈下のため床の凹凸が醜く、天井や壁等の構造部分にも損傷が沢山生じており、そのまま長期間住み続けることは危険な状態であった以上、損壊の要件も満たしていた。

(3) そして、原告が右免税措置の実体的要件を満たしていたことについては、原告が還付通知請求をした平成八年九月三日以降は被告に明らかとなっていた以上、翌日の四日以降については、被告は右受益について悪意である。

(三) よって、被告は、本件建物分の登録免許税の全額を原告に還付する義務がある。

(被告の主張)

(一) 登録免許税法三一条二項は、単に登記等を受けた者は還付通知請求ができる旨規定しているにすぎないが、登記機関から同条一項の通知がされた場合には、その通知を受けた税務署長は、国税通則法五六条に基づき遅滞なく過誤納付の還付をしなければならない以上、登録免許税法三一条一項は、還付請求権の行使に関し登記機関に対する還付通知請求という手続によるべきことを定め、登記等を受けた者に対し、そのような手続上の権利を認めたものと解すべきであり、また、右権利が行使された場合、登録免許税法は、登記機関に対しこれを放置することを容認しているとは解されないから、本項は、登記機関に還付通知請求に対する応当義務があることを併せて規定していると言うべきである。

とすれば、還付通知請求に対し登記機関がなす還付通知できない旨の通知は、単に還付の事務を円滑ならしめるための認識の表示にすぎないものではなく、右手続上の権利の行使を否定する行政処分であり、これにより国民は還付通知請求という手続によって還付を受けることができなくなるから、この点において右通知は不利益処分であり、公定力を有する行政処分と言うべきである。

そして、本項が通知請求の相手方を登記機関に限定するとともに、右通知請求権の存続期間も登記を受けた日から一年間に限定して法律関係の早期安定を図っていることに加え、還付金及び過誤納金のうち、法所定の起算日を徒過して還付されるものについては、国税通則法により還付加算金を付して返還しなければならないところ、同法は、登録免許税に関する還付加算金の起算日については、登録免許税法二六条一項に定める通知が取り消された場合のほか、同法三一条二項の規定による請求の場合や同条一項により職権で還付通知をした場合を定めるが、直接不当利得返還請求をした場合の起算日は法令上定めがないことや、本項の手続による還付の場合、年七・三パーセントの還付加算金が付されること等に照らせば、還付金の返還は、もっぱら同条の定める手続によりなすことが法の趣旨と言える。したがって、登記官が税務署長に対する還付通知はできない旨の通知をした場合において、なお還付ないし不当利得の返還を求めるときは、まずは右通知の公定力を排除するためにその取消を求める必要があり、その公定力の主張を許さないような特段の事情がないのに、取消の手続を経ることなく直ちに不当利得返還を求めることは許されないと言うべきである。

よって、本件通知が未だ取り消されておらず、右特段の事情が認められない本件においては、原告の不当利得の主張は許されない。

(二)(1) また、右公定力の点を措くとしても、本件では以下のとおり不当利得の要件が満たされていない。すなわち、原告は登記申請時に特例法三七条一項を受けた施行規則二〇条一項が要求している建物被災証明書の提出をしていないところ、特例法がこのような手続的事項を免税要件としていることは、同法三七条一項が、「登記については、大蔵省令で定めるところにより…受けるものに限り」と規定していることからも明らかである。しかも、登録免許税の納税義務は登記のときに成立し、その納付税額は納税義務の成立と同時に自動的に確定するところ、特例法、施行令及び施行規則の中には、確定した登録免許税を免除し、あるいは宥恕する取扱いをすべき旨を定めたような規定もないから、登記申請時に建物被災証明を添付しない限り、登録免許税の免除は受けられず、登記が完了した時点で建物被災証明書を追完したとしても、特例法三七条一項の定める登録免許税免除の要件を具備したことにならないと言うべきであるから、原告の納付した本件建物の登録免許税は過誤納付とはならない。

特例法は、いわば通常一般の納税者との公平を犠牲にしても、震災により滅失等した建物の再建を支援して早期復興を図るという経済的政策のために、例外的に登録免許税を免除しようとするものであり、手続的事項を免税要件とすること自体は何ら不合理・不公平なことではなく、免税措置を受けた者との間で課税上の不公平が生じたとしても、それは法が当然に予定しているものである。

(2) さらに、本件では、特例法の免税措置の実体的要件も満たされていない。すなわち、本件建物は原告の娘婿が所有していたところ、原告が本件建物を買い受けた動機は、自分の娘夫婦が競売により本件建物に居住できなくなることを防ぐことにあったのであり、また、旧建物の取り壊しはサクラホームの分譲住宅の新築販売のためであって、旧建物自体が取り壊しをせざるを得ないほどの損壊をしたためではないから、特例法三七条一項の「損壊したため取り壊した建物に代わるものとして取得した」との要件を欠いている。

また、旧建物は、原告からサクラホームへ譲渡された後、右のようにサクラホームの事情で取り壊しがされた以上、同項の「阪神・淡路大震災の被災者であって政令で定める者…が…取り壊した」との要件も欠く。

(3) 以上、本件においては被告の不当利得がない以上、原告の不当利得返還請求は認められない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件競売事件の担当職員の過失の有無)について

1  原告は、裁判所の競売手続の担当職員らには、特例法により登録免許税納付の免除がされる場合があることを買受申出人らに周知徹底させるべき注意義務があり、また、裁判所書記官には、登録免許税額等を記載した書面を買受人に交付する際に、買受人に財産上の損害を及ぼさないようにする義務があり、特に震災の被災地に所在していた当庁の職員らにおいては、より一層積極的に右免税措置が存在することを周知徹底等させるべきであったにもかかわらず、本件競売事件の担当職員らは右義務を怠った旨、また、右のような作為義務は、具体的な法令上のものでなくてもよい旨主張する。

2  ところで、特例法や施行令、施行規則等の関係法令中には、右作為義務の存否についての明文規定は存在しないが、そもそも右作為義務の存否は、基本的には免税措置を定めた特例法三七条等の関係法規の解釈により判断されるべきものであり、また、国家賠償法一条における公務員の作為義務は、場合によっては具体的な法令上のものでなくても認められることがないわけでもない(条理上の作為義務を認めたものとして、最二小判平成三年四月二六日・民集四五巻四号六五三頁参照)。したがって、当該作為義務が法律上肯定されるか否かは、特例法三七条の免税措置の創設趣旨や当該作為義務の内容、行為当時の事情等を総合的に検討して判断されるべきものである。

3  しかるところ、もともと震災等の災害によって建物が滅失又は損壊しそのため新たな建物を建築又は取得したからといって、その登録免許税を減免しなければならないものではないものの、震災により滅失又は損壊した建物の再建を支援するとの観点から、特例法は震災からの早期復興を図るための税制上の対応の一環として、特に当該免税措置を創設したものと解される。したがって、その創設趣旨は、多分に政策的かつ恩恵的なものである。そしてまた、右免税制度の存在を広報ないし周知することは、不特定多数の被災者に対する多量かつ継続的な性質を有するものである。

以上に照らすと、免税制度の存在の広報ないし周知をどのような方法で行うか等については、場所的事情やコスト等の諸般の事情を考慮した被告の裁量に委ねられていると言うべきであり、したがって、被告が一切の広報活動を行わなかったり、あるいは、免税措置の適用を受け得る者が行政庁の窓口等で免税措置について具体的に質問する等しているのに、これに適確に答えず、その者が免税措置を受け得る者であることを見過ごした等のように、免税措置の広報ないし周知に関する被告の対応等に右裁量の範囲の著しい逸脱があると認められるような場合に限り、違法の問題が生じると解するのが相当である。

4  本件の場合、原告が本件競売事件の関係で当庁を訪れるようになった時期までに、既に当庁の物件明細閲覧室(記録閲覧室)の壁には右措置を紹介するパンフレットが掲示されていた事実が認められ(〈証拠略〉)、右事実からすると、通常の買受申出人が相応の注意をしていれば、免税措置の存在を知り得る程度の広報はなされていたと言うべきである。したがって、買受申出人らに対する周知徹底義務に欠けるところはない。

次に、原告に登録免許税額を記入した書面を交付した裁判所書記官の義務違反の存否について判断すると、本件の場合、右交付当時も含め、原告には免税措置の適用を受け得る事情があることが窺われるような言動等があった事実は認められない(かえって、〈証拠略〉によれば、原告は売却許可決定後前記登録免許税額等を記載した書面の交付を裁判所書記官から受領する際において、原告自身が震災の被災者であることを告げるなどの行為をしなかった事実が認められる。)。そうすると、裁判所書記官は、右免税措置についての広報掲示がなされた状況下において、震災の被災者であることを窺い得る事情が何もない買受人である原告に対し、免税措置の適用のない場合の税額を記載した書面を交付したこととなるところ、前記3項のところからして、そこに何らかの義務違反があると言うことはできない。

以上のとおり、裁判所書記官を含め、当庁の職員らの対応が、免税措置の存在についての周知徹底に関する裁量の範囲を著しく逸脱して違法性を帯びるほどのものでないことは明らかであり、被告に国家賠償法一条一項に基づく損害賠償義務があると言うことはできない。

5  なお、原告は、当庁が震災の被災地に所在することをもって、当庁職員の義務違反を基礎づける事情である趣旨の主張をするが、当庁が震災の被災地に所在するとの一事をもって、当庁職員らに原告主張の義務が存すると言うこともできない。

したがって、原告の主位的請求は理由がない。

二  争点2(不当利得の成否)について

1  本件通知は行政処分か。

原告は、本件建物の登録免許税に相当する額につき予備的に不当利得の返還を求めているところ、前提事実1(五)のとおり、原告は登録免許税の納付を受けた本件法務局の登記官から、本件では過誤納付の事実は認められず、税務署長への通知はできない旨の内容の本件通知を受けていることから、同通知が公定力を伴う行政処分であるとすれば、本件通知に対する取消訴訟(行政事件訴訟法三条二項)の提起や、それに前置すべき国税不服審判所長に対する審査請求(国税通則法一一五条一項、七五条一項五号)がなされた事実がいずれも認められない本件においては、本件通知の効力を問題とすることはできず、差額の保有につき法律上の原因がないとは言えないのではないかが問題となるので、まずこの点について判断する。

(一) 本件通知は、原告が登録免許税法三一条二項に基づき、本件法務局の登記官に対して登録免許税の過誤納付がある旨を税務署長へ通知することを求めたことに応じ、原告に対してなされたものであるが(なお、過誤納とは誤納と過納の総称であるが、建物被災証明書を後日提出すれば登録免許税の還付がされると解すべき旨の原告の主張からすれば、右は過納の趣旨であると解される。)、本件通知が行政処分であると言うためには、それが法律上の根拠に基づくものであり、かつ、個人の権利義務に対し具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものでなければならない(最二小判平成六年四月二二日・判時一四九九号六三頁、最三小判平成三年三月一九日・判時一四〇一号四〇頁等)。

しかるところ、本件通知のような登録免許税法三一条二項に基づく請求に応じられない旨の通知(以下「拒否通知」という。)については、法律上明文規定は存在せず、また、登録免許税は自動確定方式の租税で、拒否通知により公定力をもって税額が確定されるものではなく、税額の確定という点では、個人の権利義務に変動を与えるという法律上の効果があるとも言い難い。

以上の点からすると、拒否通知は行政処分ではなく、したがって、本件通知は行政処分とは言えないのではないかとも考えられる。

(二) しかし、登録免許税の過誤納があるとする納付者が、登録免許税法三一条二項に基づき、登記機関に対して同条一項所定の税務署長への通知をすべき旨の請求をし、これに応じて登記機関が税務署長へ右通知をすれば、この通知を受けた税務署長は、国税通則法五六条一項により遅滞なく過誤納金の還付をしなければならず、これにより、右請求をした納税者のもとには、何ら別途の請求等をすることなく過誤納金が返還されることになるのであり、登録免許税法三一条二項が右請求の可能な期間を登記等を受けた日から一年を経過する日までに限定していることも併せ考えれば、同条二項の定める請求は、単に登記機関の職権発動を促す性質を有するに止まるものではなく、実質的には、特別に請求期間の限定された過誤納金の返還請求の性質を有していると言うべきである。

そして、登録免許税の納付者による登記機関に対する登録免許税法三一条二項の請求に対し、登記機関が、登録免許税の過誤納の事実はなく同条一項の税務署長への通知の必要はないと判断すれば、実際上、それにより右納付者は本条を契機とする税の返還を受け得る可能性がなくなるという直接的な不利益を受けることになるのであり、実質的には過誤納金の返還請求が登記機関により否定されるのと同様の結果となるのであるから、このような登記機関による前記判断の持つ意味等に鑑みれば、登記機関には、請求者に対して何らかの応当をする義務があると言うべきであり、拒否通知が単に還付の事務を円滑ならしめるための事実上の応当にすぎないと見るのは相当ではない。

よって、拒否通知は、行政庁が法律上の根拠に基づいて行うもので、かつ、個人の権利義務に対し具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものと言えるから、行政処分と言うべきである。なお、拒否通知にこのように処分性を認めることは、前記のように請求者が過誤納金の返還請求を否定されるという直接の不利益を受ける意味においてであるから、登録免許税が自動確定の租税であることと矛盾するものではない。

(三) そして、前記のとおり、登録免許税法三一条二項は請求期間を登記を受けた日から一年間と限定しており、登録免許税の過誤納があった場合の法律関係の早期安定を図っていると解されることや、登録免許税の還付金には民事法定利息よりも高率である年七・三パーセントの還付加算金が付されること(同条六項、国税通則法五八条一項)、一般に国税に関する処分については、徴税行政の安定及びその円滑な運営の要請等から、不服申立前置主義がとられるとともに、その処分に対する不服申立てには申立期間が定められており(同法七七条)、また、行政処分一般についても取消訴訟の出訴期間が定められているところ(行政事件訴訟法一四条)、右のような登録免許税法三一条二項の請求期間の制限や還付加算金の率からして、拒否通知についてもその例外ではないと言うべきことからすれば、登録免許税の過誤納金の返還については、同条二項を契機とした一連の手続、すなわち、同項に基づく請求に対して拒否通知がされた場合には、国税不服審判所長に対する審査請求を行い、その審査請求が棄却された場合には、拒否通知に対する取消訴訟を提起するとの一連の手続によるのが原則であり、仮に不当利得返還請求が可能であるとしても、拒否通知に対する審査請求又は取消訴訟によってその効力を否定しておかなければ、登録免許税の過誤納金について法律上の原因がないとは言えないものと言うべきである。

(四) 以上のとおり、本件通知は行政処分であり、原告は、拒否通知に対して国税不服審判所長に対する審査請求を行い、それが棄却された場合には、本件通知に対する取消訴訟の提起をするとの手続を選択するべきであったと言える。

2  本訴は例外の場合か(本件通知は当然無効か。)。

もっとも、法は、以上のような原則に対し、行政上の不服申立手続の経由や出訴期間の遵守等を要求せずに、当該処分の効力を争うことのできる例外的な場合の存することを全く否定しているとは解されず、当該処分に重大かつ明白な違法がある場合、あるいは、租税に関する処分については、一般に処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が処分要件の根幹に関わるほどの重大なものであり、前記手続を経なかったことの不利益を納税義務者に甘受させることが著しく不当であると認められる特段の事情のある場合には、右過誤による瑕疵により当該処分が当然に無効となると解するのが相当である。したがって、拒否通知についても、右のような特段の事情がある場合には、登録免許税の過誤納があると主張する者が、前記手続を経ていなくても、拒否通知の効力が無効であることを前提に過誤納金の不当利得返還請求を主張し得ると解される。

そして、本件における原告の主張内容は、右特段の事情があることを前提とする趣旨と理解する余地もなくはないので、進んで右特段の事情の有無につき検討する。

(一) 建物被災証明書の添付(施行規則二〇条一項)の意味について

(1) 本件では、本件建物の分を含めた登録免許税が納付された時点で、建物被災証明書の提出がなかったことは前記のとおりである。したがって、仮に特例法三七条一項及び施行規則二〇条一項が、登記申請時における建物被災証明書の添付を絶対的な免税要件としているのであれば、もはや原告が特例法の免税措置の適用を受ける余地はないこととなり、原告の本件建物の登録免許税の納付は、法律上の原因があることに帰結する。

これについて、原告は、特例法の立法趣旨は被災者の自助努力への援助であり、同法が実体的要件さえ満たせば、その者を救済の対象としていることは明らかであり、後日に建物被災証明書を提出すれば、登録免許税の過納金の還付を受け得る旨主張するので、右の点を最初に検討する。

(2) 一般に不動産登記については、対抗要件を備える等の財産権保護の要請等から、登記申請が速やかに受理される必要があるところ、登記官は登録免許税の納付がなければ申請を却下しなければならないため(不動産登記法四九条九号)、特例法三七条一項の適用を受けようとする者に同項の実体的要件が備わっているかどうかの判断も迅速になされる必要があるし、そもそも登記官は、登記申請書及び附属書類について登記申請が形式上の要件を具備するかどうかの形式的審査をする権限を有するにすぎないことからすると、右実体的要件が備わっているか否かを登記官が簡易・迅速に判断し得るための書類を登記申請時に添付すべきこととすること自体には十分合理性がある。

ところで、特例法三七条一項の登記申請時における適用の実際においては、本件建物のように災害救助法適用地域内に存在する建物については、建物被災証明書の添付により、同項中の「震災により滅失した建物又は当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして新築又は取得をした建物」との要件(以下「滅失等の要件」という。)が備わっているのと同様の扱いがなされることとなる。

しかるに、ここでいう建物被災証明書は、施行令二九条一項に基づくものであって、震災により所有建物に被害を受けた事実を証するものであっても、そのために当該建物を取り壊した点もしくは右取り壊した建物に代わるものとして建物を新築又は取得した点についてまで証明するものではなく、滅失等の要件を証明するものとしては不完全なものであると言わざるを得ない。ただし、前記のとおり、特例法の免税措置は、震災からの早期の復興を図るための税制上の対応の一環であること、滅失等の要件を実際に逐一個別に調査した上での証明書の発行を要求することは現実的ではないこと、登記申請時においては、前記のように登記官による迅速な判断が要求されていることを考慮すると、建物被災証明書が右のように必ずしも滅失等の要件の充足を証明し得るものではないとはいえ、施行規則二〇条一項が同証明書の添付を要求し、右添付文書が、実際上、三七条一項の適用の結果を分けることとなる運用は、現実問題としては、やむを得ないものである。

このように、建物被災証明書が以上のような性質のものであってみれば、登記申請の際に同証明書を添付することの有無が、特例法三七条一項の適用の可否を分ける絶対的なものであると理解することは、同項の解釈として相当とは思われない。なぜなら、同項の定める免税措置は、その実体的要件を満たさない者に対してまで適用されるべきものでないことは当然であり(勿論、建物被災証明書の添付があれば、滅失等の要件が満たされたと擬制されるものでもない。)、本来であれば、特に滅失等の要件が備わっているかどうかを判断するためのより確実な資料が要求できれば、そちらの方が望ましいのであって、滅失等の要件審査のための添付資料に関する施行令二九条と施行規則二〇条との規定の構造は、少なくとも滅失等の要件については、まさに便宜上のものの域を出ないと言うべきであるからである。

そして、一旦登録免許税が納付されて登記が完了した後には、特例法との関係では、納付された登録免許税を返還し得るか否かのみの判断をすれば足りるのであるから、登記官が滅失等の要件の証明に資する、より確実な資料の添付を併せて求めること、あるいは特例法三七条一項の運用上直ちにそれが困難であっても、行政上の不服申立手続や裁判所の訴訟手続の中で滅失等の要件の審理をした上、前記実体的要件を満たしていたと認められる場合には、一旦納付された登録免許税の返還を認めることを否定すべき実質的理由はないと言うべきである。

以上からすると、特例法三七条一項は、登記申請時における建物被災証明書の添付を絶対的な免税要件としているものではないと解するのが相当である。

(3) 右の点に関し、被告は、登録免許税は、一般の災害により財産が滅失等したため、その財産に代替する財産を取得したからといって、その登記に係る登録免許税を減免しなければならないという性格のものではないところを、特例法が特別に登録免許税を免除するものであり、手続的事項を免税要件とすること自体は何ら不合理・不公平なことではなく、免税措置を受けた者との間で課税上の不公平が生じたとしても、それは法が当然に予定しているものである旨主張するので、付け加えると、既に見たように、建物被災証明書の添付を免税要件とし、後日の返還請求を認めないとすることに実質的な理由を認めるのは困難であり、むしろ後日の返還請求を認める方が、特に滅失等の要件の、より慎重確実な審理が期待できるのであり、真実は実体的要件を満たしていなかった者が免税措置の適用を受けながら、逆に実体的要件を満たしていながら免税措置の適用を受けられない者が存在するとの事態を招く解釈の方こそが合理性を見い出し難いと言うべきである。

また、被告は、特例法三七条一項の規定ぶりが租税特別措置法の諸規定(七二条ないし七八条等)と同様である上、特例法等関係法規の中には、登記の時に確定した登録免許税を免除等する取扱いをすべき旨を定めたような規定が何ら存在しないとも主張するが、ある書類の添付等が手続的要件となるか否かは個々の規定の趣旨等によるもので、規定ぶりが同様であることから直ちに画一的な解釈となるものではなく、また、一旦納付された登録免許税が一定の場合に還付等されることは登録免許税法三一条自体が認めていることであるから、右のことは、特例法三七条一項の適用に当たり建物被災証明書の添付が登記申請時の受理要件にすぎないとの解釈を否定すべき理由とはならないと言うべきである。

(4) よって、特例法三七条一項が「大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成十二年三月三十一日までの間に受けるものに限り」と規定し、これを受けた施行規則二〇条一項が、前記のとおり建物被災証明書の提出を要求しているのは、登記申請時における受理要件を定めたものにすぎず、右規定の存在により特例法三七条一項の実体的要件を満たした者が後日登録免許税の返還を受けることが否定されるものではないと解するのが相当である。

(二) 本件通知の瑕疵の程度について

登録免許税法三一条二項は「登記等の申請書…に記載した登録免許税の課税標準又は税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと」が登録免許税の過誤納である旨規定し、登記官が登記申請を受理した際の誤り等について規定しているように読めるところ、登記申請時に建物被災証明書の添付がなかった以上、本件法務局の登記官が登録免許税の納付を免除しなかったことは、右申請時においては特例法三七条一項に従ったものであり、何ら問題はない。

しかし、前記のように、建物被災証明書の添付は、登記申請時における受理要件にすぎず、特例法三七条一項は、ともかくその実体的要件を満たした者については、登録免許税の納付を免除する趣旨であると解される以上、後日に特例法三七条一項の実体的要件が証明された場合には、登録免許税の納付が「法律の規定に従っていなかった」、あるいは「計算に誤りがあった」場合に準じて考えることが可能であると言えるから、同項の実体的要件につき吟味することなくなされた本件通知(〈証拠略〉)は、免税措置の適用を否定する効果をもたらしたとの意味で、前記特段の事情である処分要件の根幹に関わる違法があるのではないかと解し得る余地がある。

そこで、原告に、右実体的要件、特に滅失等の要件が備わっていたのかにつき進んで検討する。

(三) 滅失等の要件について

(1) 原告は、旧建物の処分と旧土地の売却は、娘婿の一人である國府孝三郎(以下「孝三郎」という。)所有の本件土地建物の競落代金捻出のためであったが、本件建物の取得には、損壊して取り壊した旧建物に代わる新住居の取得という目的が含まれていた以上、特例法の実体的要件を満たしている旨主張するので、この点を検討する。

(2) 既に認定した事実及び〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められる。

(ア) 前記のとおり、旧建物は、昭和三一年以降原告が居住していた建物であり、したがって、建築された時期は、右時点以前であると推認され、震災時点において、旧建物は、築後少なくとも三九年経過していた。旧建物は、木造である(〈証拠略〉)。

(イ) 本件建物及びその敷地は、原告の娘婿である孝三郎が所有し、同人がその家族である原告の娘及び孫二名と共に居住していたものであるが、平成四年九月三〇日、京阪神総合信用株式会社により差し押さえられ、右差押登記は、平成五年五月二六日、同月二四日取下げを原因として抹消されたものの、株式会社さくら銀行の申立てにより、平成六年九月六日、本件競売事件の競売開始決定がなされた(〈証拠略〉)。

(ウ) 旧建物は、震災により、地盤液状化のため基礎コンクリートの一部が地面から解離して不同沈下したほか、廊下床面が傾斜し、壁が剥落し屋根瓦が浮上り雨漏りが生じるなどの被害を受け、同年三月二〇日、西宮市長より旧建物の被害状況について半壊と認定され、原告は、その旨の証明書の交付を受けた(〈証拠略〉)。

そこで、原告は、業者に床下に土入れをしてもらい、自身で壁にベニヤ板を貼り付けるなどの修理をし、震災後も本件建物の買受後である平成七年九月二五日まで、旧建物に居住を継続した(〈証拠略〉)。

(エ) 半壊認定は、昭和四三年六月一四日付総審第一一五号内閣総理大臣官房審議官室長通達により、原則として、住家の損傷が甚だしいが、補修すれば元通りに再使用できる程度の損傷の場合になされるものとされている(〈証拠略〉)。

(オ) 原告は、本件競売事件において本件建物を含む競売不動産の買受けの申出をした後の平成七年八月一〇日、サクラホームとの間で旧土地及び旧建物を売却する旨の契約をしたが、右契約中で、本件競売事件において原告が本件建物を含む競売物件を買い受けることができなかった場合は、右原告とサクラホームとの間の売買契約は白紙撤回される旨の合意がなされた(〈証拠略〉)。

(カ) そして、前記のとおり、原告は、平成七年八月二四日、右競売事件において本件建物等の売却許可決定を受け(買受価格 九五一〇万円)、同年一〇月一一日、既払保証金を除いた残代金のほか所有権移転登記の登録免許税等を当庁に納付し、同月一三日、同登録免許税が当庁を通じて本件法務局に納付された上、本件土地建物の各所有権移転登記を受けた。

(キ) 本件建物には、現在原告夫婦と孝三郎夫婦とが居住している(〈証拠略〉)。

(ク) 旧建物は、右と前後して、同月九日に有限会社大和産業開発により取り壊された後、平成八年二月九日 サクラホームにより旧土地が四筆に分筆され、分譲住宅が建設された(〈証拠略〉)。

(ケ) 原告は、同年三月八日、旧建物についての西宮市長の証明に係る特例法に関する被災証明書を得た(〈証拠略〉)。

(3) 右認定事実を前提に、(1)項の原告の主張を検討する。

確かに、震災の被災者が以前居住していた建物を取り壊して新たな建物を建築した、あるいは既にある建物を取得した場合に、その理由が、右震災により以前の建物が滅失又は損壊したためであることが唯一のものでないことは、実際上通常のこととしてあり得る事態である。したがって、右のような場合に、一律に免税措置の適用が否定されるまで解釈することは相当とは思われない。

しかし、特例法三七条一項が「阪神・淡路大震災により滅失した建物又は当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして」と規定していることや、右規定が設けられた趣旨からすれば、滅失等の要件を充足するためには、少なくとも、建物の滅失または損壊が建物新築ないし取得の主たる理由である必要があり、右要件の存否は、損壊の場合である本件に即して言えば、主として、建物の損壊の程度(新たな建物を必要としている程度)や建替え等をすべき緊急性の度合いを考慮し、併せて、資金調達の難易度、引っ越しを伴う場合であれば引っ越しの前後の環境等の比較等の諸般の事情も総合的に考慮してなすべきである。そして、建物取得について震災による建物損壊以外の事情がある場合、右震災で損壊したこと以外の事情等が存在しないのであれば、当該時期に建物を取得しなかったであろうと言い得るだけの関係があれば、右要件の充足は否定されるべきである(勿論、新規取得の場合に、数ある建物の中から当該建物を選択したきっかけが主として損壊以外の他の理由等にあるということが、直ちに滅失等の要件充足を否定するものではない。右要件の存否は、当該建物取得のきっかけが他の理由等であるとしても、前記諸事情に基づく総合的考慮の結果、当該建物であるか他の建物であるかを問わず、ともかく建物を、右震災により損壊した建物の代替建物として、当該建物取得に近接した時期に取得することに合理性があると言えるかどうか(結局は、他の理由等のために当該建物を取得したと言わざるを得ないかどうか。)と言う観点から判断されることになる。)。

この点、本件では、震災により、旧建物に前記のとおりの損壊が生じた事実が認められるが、他方、原告も認めるとおり、原告が本件建物を買い受けた動機には、娘婿の孝三郎夫婦が本件建物に居住を継続できるようにすることが含まれていたことから、原告の本件建物の取得の主な理由ないし動機は、むしろ右の意味での孝三郎らの実際上の救済にあったのではないかが問題となるので、以下では、本件建物の取得が、それでも震災により旧建物が損壊したため取り壊したことを理由とするものであったと言えるかどうか(本件建物の所有者が孝三郎でなかったとしても、原告は、旧建物損壊のため本件建物であるかどうかはともかく建物を取得したであろうと言えるかどうか。)につき検討する。

(4) 旧建物は、震災により、前記のとおり損壊したが、その損壊程度については、建替えが必要となるほどである旨の証拠(〈証拠略〉)がある。しかし、前記のとおり、原告は、西宮市長から、原則として、住家の損傷が甚だしいが、補修すれば元通りに再使用できる程度の損傷の場合になされる半壊との認定を受け、かつ、現に、補修により震災後も約八か月にわたって旧建物で居住を継続し、さらに、サクラホームに対して旧土地及び旧建物を売却する際も、本件競売事件で原告が本件土地建物を落札できなかった場合には、右契約が白紙解約される旨の特約を付しており、したがって、右契約が特約により解約される場合には、少なくとも、当面は旧建物に住み続けるつもりであったと推認でき、また、不同沈下や廊下の傾斜等の損壊状況は補修により是正されたことが推認できることからすると、旧建物は、前記認定のその建築時期及び構造を考慮しても、震災により損壊したものの、補修により、少なくとも相当程度の期間は使用継続が可能であった疑いが強い。右の点からして、前記証拠(〈証拠略〉)は信用できない。

そして、原告は、旧建物の損壊程度については右のような事情の下で、競売にかかり入札の実施された娘婿が所有し、その家族が居住する本件建物を買い受け取得している。

右事情にかんがみると、原告の本件建物取得の主目的は娘婿夫婦の救済にあったのではないかとの疑いを払拭することはできず、「損壊したため取り壊した建物に代わるものとして取得した」との要件を満たしていると認めるには十分でない。

なお、原告は、本件建物取得の理由につき、被災時に既に七〇歳台後半であった原告夫婦が、老後資金の著しい減少を招き、深い不安感が生じることになるにもかかわらず、旧土地及び旧建物の売却代金のほかに三〇〇〇万円以上の資金を捻出して本件土地建物を取得したこと、旧建物には約四〇年間居住し、町内には長年慣れ親しんだ友人等が沢山いるとともに、多くの懐かしい思い出があり、また、交通の便もよいこと、逆に、本件建物については、付近に知り合いがおらず、交通の便も悪く、歩いての買い物等にも不便な場所であること、の各事実からすれば、震災により旧建物が半壊しなければ、本件建物を競落することはなかったことは合理的に推測し得る旨主張する。しかし、原告の主張する右事情は、本件建物の取得が、震災による旧建物の損壊にあることよりも、むしろ、孝三郎夫婦の救済にあったことをより強く示す事情であると言い得るものである。

(5) 以上のとおり、原告が、主に震災により旧建物が損壊したためこれに代わるものとして本件建物を取得したと認めるに足りないから、滅失等の要件を欠き、原告は本件建物の登録免許税納付を免除されるものであるとすることはできない(本件建物の所有者が孝三郎以外の全くの他人であったならば、原告はその取得を見合わせたであろうことからして、まさにその本件建物の登録免許税納付の免除の可否が問題となっている本件では、これを認めることができないのはやむを得ないと言わざるを得ない。)。

3  以上によれば、原告の不当利得請求の主張は理由がないことに帰する。

第四よって、原告の各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田和博 杉田友宏 西森英司)

物件目録〈略〉

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